―――――――――――――――――――――――――――
安倍首相は2015年8月14日、戦後70年にあたって談話を発表した。この談話は日本ないし国民を主語にして語られており、国民の公的な歴史として参照される可能性をもっている。つまり、談話の発表は、国民の物語の公式化だったのである。しかし、この物語は、私たち一人一人の物語を踏まえたものだというわけではない。それゆえ、私たち一人一人が談話をどのように理解するかを考えることが重要である。そのためにも、談話を批判的に吟味しておく必要がある。この小論では、談話の基礎となった懇談会の報告書をふまえて談話の内容を考察したい。
安倍首相は、談話の発表に先立って、懇談会を開催している。その懇談会とは、20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会(21世紀構想懇談会)である。懇談会の座長は、西室泰三、座長代理は北岡伸一が務めている。まず懇談会の開催にあたって、安倍首相が議論すべき6つの論点を提示している。それらの論点をめぐって、会合で、幾人かの研究者が基調報告をし、委員がその報告について議論している。それぞれの報告を中心にまとめられたのが、安倍首相に提出された最終報告書である。
閣議決定を経て発表された談話は、端的に言えば、国民の過去、現在、未来に関する物語である。国内については沖縄、国外についてはアメリカの位置づけに注目しつつ、ここで談話の内容について具体的な検討を始めたい。
まず、談話は、近代日本の出発に関する語りで始まる。西欧諸国の植民地競争という文脈の中で、日本は近代国家としての歩みを始めたとされる。しかし、一八七九年の沖縄の編入については語られていない。近代化の過程の中で、現在の日本の境界線の内部へと琉球が吸収されていった過程は語られていないのである。
次に、第二次大戦中に戦った国々との「和解」の歴史についても、談話は語っている。報告書では、アメリカ、イギリス、オーストラリア、東南アジア、韓国、中国との和解の過程が説明されている。ここで和解がもっともうまくいったとされるのが日米の両国である。しかし、報告書は日本がアメリカの政治的影響下におかれたことと、和解を混同している。たとえば、自民党の成立に関するアメリカの影響、沖縄に集中する米軍基地の存在とその経緯を考えれば、日米関係を和解と理解することは難しい。なお、談話は赦しを与えた国への感謝を示すものではあったが、寛大さを示さない国に対する拒絶をほのめかしている。このことは、主体性を強調する戦後責任という表現ではなく相互性を強調する和解という表現が採用されたことの帰結である。
さらに、未来について、談話は「自由・民主主義・人権」などの価値とその実現、日本の世界への貢献について語っている。談話が強調するのは、共通の価値をもつ国々との協力である。ここでは特定の国の名は挙げられていない。しかし、報告書が示すところによれば、典型はアメリカである。裏を返せば、談話は、「価値を共有」しない国とは世界の平和を作ることができないという考えを示している。「国際社会の挑戦者」やテロには、力の行使の可能性が残されているようにも思われる。
要するに、談話は民族の物語であるが、談話にははっきりと語られていない歴史やメッセージが存在するのである。談話が主張する物語は次のようなものであった。つまり、過去のマイナスは戦後におけるプラスによって清算され、今や私たちは「積極的平和主義」の名のもとに国際貢献を行うという物語である。しかし、この物語は美化されすぎている。なぜなら、その美しい物語には、沖縄の独自性の軽視、アメリカとの信頼関係の自明視という、影の部分が存在するからである。
沖縄とアメリカに関する報告書の記述をさらに吟味するとき、むしろ談話の物語の醜悪さが見えてくる。報告書は沖縄の基地問題を解決しなければならないとしている。にもかかわらず、談話は沖縄の地位について沈黙している。安倍首相は意識的にこの点に触れなかったのである。
また、報告書は、日米同盟の強化の必要性をはっきり主張している。しかし、談話は日米同盟について語っていない。そもそも、報告書は、アメリカのネガティブな側面を批判的に検討していない。アメリカの対イラク戦争、イラク戦争における日本の関与ついては分析さえされていない。
安倍政権は談話の物語を事実化しようとしている。現在、沖縄とアメリカに関連する政治的決定を安倍政権は行なっている。沖縄県民の強い反対にもかかわらず、安倍政権は米軍普天間基地の辺野古移転によって、沖縄における米軍基地の恒常化を試みている。
もっとも、談話の発表の数日前、8月10日から、政府は辺野古の工事を中断させている。9月9日までの1か月間、沖縄と協議を行うためである。しかし、政府は従来の立場を変えたわけではない。計5回の協議のうち、3回の協議が終わった段階で、県との協議は平行線をたどっている。結局のところ、審議中の安全保障関連法案の通過のために、融和的な態度を一時的に示しているに過ぎない。
同時に、安倍政権はアメリカとの軍事同盟の強化をすすめている。集団的自衛権の行使を容認し、安全保障法制の改正法案を政府は議会に提出している。法案の改正は、アメリカとの軍事関係を強化することを主目的にしている。驚くべきことに、政府は議会での法案の可決に先立って、法案の成立をアメリカと約束さえしている。アメリカの軍隊と自衛隊による共同訓練の回数は、ますます増えている。
一方、談話の物語が抑圧しようとするエピソードが、安倍政権の批判者たちによってはっきり語られるようになっている。沖縄では、米軍普天間基地の辺野古への移転に対する抗議が連日行われている。沖縄への基地の押し付けに対する不満は、沖縄県民のアイデンティティーの強化をもたらしている。また、沖縄を含む日本全国で、安保法制の改正に対する抗議が行なわれている。そこでは、自衛隊と米軍の一体化に対する不安が表明されている。日本がアメリカの戦争に巻き込まれる可能性があるからである。さらには、日米安保の自明性も問われ始めている。
安倍首相が談話を国民の前で発表していたら、罵声を受けることは避けられなかっただろう。安倍首相が語る国民の物語と、国民が実際に語る物語には大きな隔たりがある。戦後70年を迎える2015年はまだ終わってはいない。言い換えれば、安倍談話が歴史に残るのか、それとも抗議の声が歴史に残るのかは、未だ明らかではないのである。2015年の終わりに戦後70年の国民の物語を語ったとしても、決して遅くはないだろう。
0 件のコメント:
コメントを投稿