初出: 在日コリアン人権協会「季刊Liber」、2015年8月夏号、19-20頁
今年の8月15日、日本は戦後70年という歴史的節目を迎える。70年という長い時間をどのように捉えるかということは、1980年代初頭に生まれた私にとって容易なことではない。そこで、日本国民の一人として、2013年から始まった在日コリアンへの差別に対する抗議運動を私になりに振り返りつつ、日本におけるその運動の意義を考えてみたい。
2年前の2013年の初頭、反原発運動の流れから、差別的デモ、差別的街頭宣伝に対する直接的な抗議の動きが東京で生まれた。SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)、特にTwitter(ツイッター)というインターネット上の情報交換の場で、差別デモに対して直接的に抗議する必要があるという発言が広まった。それが契機となり、差別デモに対する抗議が行われた。大阪でも、同様の呼びかけがなされ、差別的街頭宣伝・デモへの抗議が始まった。カウンターと呼ばれる市民による自発的な抗議行動は、さらにその後各地に広がっていった。
抗議活動は、目の前の差別的行為を封じ込めるという目標だけではなく、多様性のある社会を作ることも目標としてきた。2013年の夏には「OSAKA AGAINST RACISM 仲良くしようぜパレード(通称仲パレ)」が大阪で、秋には「東京大行進」が東京で行われた。それぞれのパレードは翌年の2014年にも開催された。
反差別運動の目下の焦点は、差別扇動発言(ヘイトスピーチ)の法的規制ができるかどうかという点にある。現在、自治体レベルでの規制が検討されている。もちろん、差別扇動発言の規制で差別が終わるということはないだろう。しかし、規制によって、ひとまず差別街宣・デモを抑えこむことができる。また、これは、包括的人権擁護法の制定、在日コリアンのさらなる法的保障につながるものでもある。
在日コリアンが多く住む関西を別にすれば、抗議運動の参加者のほとんどは日本人である。参加者は、程度の差はあるものの、日本人としての当事者性を自覚している。彼らは醜悪な差別的言動が「日本の恥」だと考え、差別を放置しておくことが不正にくみすることだと考えている。彼らは、差別を無くすことで、より公正な社会を作りだそうとしているのである。
このことは、国家主義や自民族中心主義とは異なるということを強調しておきたい。まず、差別者たちが抗議者たちを在日だと勝手に思い込んでいることもあり、抗議者たちは日本人であることを戦略的観点から強調している。また、彼らは「自分たちの都市は自分たちが維持する」という市民感覚から抗議に参加し、主権者が差別を根絶するのに大きな力をもっていることを知っている。さらに、カウンターの現場でも、日本人と在日コリアンは対等な関係で差別主義者に向き合っている。LGBTの当事者や沖縄の人たちの権利のために尽力している人たちも多く、連帯が生まれている。
差別との闘いは、自由民主主義を守るための闘いでもある。日本における在日コリアンへの差別は、日本の北朝鮮・韓国に対する反感と固く結びついている。差別 主義者たちはその敵意をデマで煽っている。彼らが作りだす不安感を利用し、安倍政権は安全保障政策の転換、改憲をめざしている。それゆえ、差別の封じ込め は、私たちが戦後に与えられた民主主義を自分達のものにする契機となりうるのである。
(脱稿7月21日)




