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2015年9月2日水曜日


初出: 在日コリアン人権協会「季刊Liber」、2015年8月夏号、19-20頁


 今年の8月15日、日本は戦後70年という歴史的節目を迎える。70年という長い時間をどのように捉えるかということは、1980年代初頭に生まれた私にとって容易なことではない。そこで、日本国民の一人として、2013年から始まった在日コリアンへの差別に対する抗議運動を私になりに振り返りつつ、日本におけるその運動の意義を考えてみたい。
 
 2年前の2013年の初頭、反原発運動の流れから、差別的デモ、差別的街頭宣伝に対する直接的な抗議の動きが東京で生まれた。SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)、特にTwitter(ツイッター)というインターネット上の情報交換の場で、差別デモに対して直接的に抗議する必要があるという発言が広まった。それが契機となり、差別デモに対する抗議が行われた。大阪でも、同様の呼びかけがなされ、差別的街頭宣伝・デモへの抗議が始まった。カウンターと呼ばれる市民による自発的な抗議行動は、さらにその後各地に広がっていった。
 
 抗議活動は、目の前の差別的行為を封じ込めるという目標だけではなく、多様性のある社会を作ることも目標としてきた。2013年の夏には「OSAKA AGAINST RACISM 仲良くしようぜパレード(通称仲パレ)」が大阪で、秋には「東京大行進」が東京で行われた。それぞれのパレードは翌年の2014年にも開催された。

 反差別運動の目下の焦点は、差別扇動発言(ヘイトスピーチ)の法的規制ができるかどうかという点にある。現在、自治体レベルでの規制が検討されている。もちろん、差別扇動発言の規制で差別が終わるということはないだろう。しかし、規制によって、ひとまず差別街宣・デモを抑えこむことができる。また、これは、包括的人権擁護法の制定、在日コリアンのさらなる法的保障につながるものでもある。

 在日コリアンが多く住む関西を別にすれば、抗議運動の参加者のほとんどは日本人である。参加者は、程度の差はあるものの、日本人としての当事者性を自覚している。彼らは醜悪な差別的言動が「日本の恥」だと考え、差別を放置しておくことが不正にくみすることだと考えている。彼らは、差別を無くすことで、より公正な社会を作りだそうとしているのである。

 このことは、国家主義や自民族中心主義とは異なるということを強調しておきたい。まず、差別者たちが抗議者たちを在日だと勝手に思い込んでいることもあり、抗議者たちは日本人であることを戦略的観点から強調している。また、彼らは「自分たちの都市は自分たちが維持する」という市民感覚から抗議に参加し、主権者が差別を根絶するのに大きな力をもっていることを知っている。さらに、カウンターの現場でも、日本人と在日コリアンは対等な関係で差別主義者に向き合っている。LGBTの当事者や沖縄の人たちの権利のために尽力している人たちも多く、連帯が生まれている。
  
 差別との闘いは、自由民主主義を守るための闘いでもある。日本における在日コリアンへの差別は、日本の北朝鮮・韓国に対する反感と固く結びついている。差別 主義者たちはその敵意をデマで煽っている。彼らが作りだす不安感を利用し、安倍政権は安全保障政策の転換、改憲をめざしている。それゆえ、差別の封じ込め は、私たちが戦後に与えられた民主主義を自分達のものにする契機となりうるのである。

(脱稿7月21日)

2015年8月22日土曜日

ミネソタ州におけるブラック・ライブス・マター、2014年12月20日 (Bkack Lives Matter in Minesota )

  2014年12月のクリスマスに、ミネソタ州ミネアポリスを訪れた。空港から、モール・オブ・アメリカと呼ばれる全米で最大とされるショッピング・モールに行った。そのとき、まったく偶然なのだけれど、黒人差別と警察の不当な行為に対する抗議に出くわした。これは、ブラック・ライブス・マターが主催する抗議だった。

  2014年、 ファーガソンで黒人が警官に不当に殺されたことをきっかきに抗議が生まれた。その後、アメリカで繰り返される黒人に対する警官の不当行為のたび、抗議も広まっていった。その流れは、別の機会に書きたい。いずれにせよ、そのような流れは、ミネアポリスにも訪れたわけである。

  抗議に遭遇したといっても、抗議を直接見たわけではない。空港から車でモールに向かう途中、同乗者たちが、モールで何か起こるらしいと語っているのが聞こえた。モールの駐車場に入るまでに、たくさんのパトカーとシェリフの車が並んでいた。駐車場では、Black Lives Matterと大きく書かれた車が駐車されているのを見かけた。

   私たちがモールに入るとき、警察官と警備員によって抗議者たちが排除される様子をかなり遠くから見えた。私たちがモールに入ったあと、抗議者たちのアピールの場となった大きなホールでは、まだ騒然としていた。




  3階か4階から部分からホールを眺めている黒人女性がいた。とりあえず話しかけて、何が起こっているのかを聞いた。彼女は抗議の様子を教えてくれ、そして私に写真を見せてくれた。その写真を撮らせてもらった。それが下の写真だ。




  その日から数日間、寝る前に少しずつ何が起きていたのかを調べてみた。そもそもの発端は、ファーガソンでの出来事だった。ミネアポリス周辺でも、たとえば公園に居た知的障害をもつ黒人が警察官に射殺されたり、スーパーでおもちゃの銃をもっていた黒人男性が射殺されるということがあった。(14年の12月に調べたことです。検索してもすぐに出てこないので記憶違いかも。。。)うる覚えて書くが、かなりひどいことだと記憶している。

  12月5日、ブラック・ライブス・マターの呼びかけで、デモが行われる。そしてハイウェイでダイ・インが行われた。

  12月19日モール・オブ・アメリカでデモが企画されていることがニュースで流れている。SNSを通じて、かなり情報は拡散されていたようである。




そして、12月20日当日の様子。
まずは、当日のニュース。



当日の様子を写した映像




 
  さて、この抗議がなぜ、このモール・オブ・アメリカで行われたのか。とうぜんそこは、私的な土地である。しかし、この全米一の大きさをもつとされるモールには、多額の公的な資金が入っているらしい。主要な理由は目立つからということだが、そのような理由からここで行うことが正当化されたようである(抗議できる場所が減っているのは日本も同じだと思った)。 入っている店舗についても、人種問題があったようにも記憶している。

  ミネアポリスにおけるブラック・ライブス・マターは、2015年に入っても続いている。

リーフレット「安倍さんにおたずねします」

 
 



2015年5月23日土曜日

The Osaka democracy: 大阪市住民投票を終えて

維新の会の政治を最初におかしいと思ったのは、いつのころだっただろうか。私がはっきりと覚えているのは君が代斉唱の不起立を実行した教員に対する処分だった。思想・良心の自由への侵害をこれほどはっきりと目にするとは思ってもいなかった。どこかおかしいという感覚はほとんどあきらめに変わっていった。それでも特別区設置の住民投票はおかしいと思っていた。

住民投票の前日にSADL( http://sadlosaka.wix.com/sadlosaka )の活動に参加することにしてみた。デモに参加して、そのあと街頭でまちの人たちと話をした。街頭に出た瞬間、「デモクラシーだよ!デモクラシー!」って、自然と言葉が出てきた。その言葉は、ビラを配っているときにも決して頭から離れることはなかった。毎日のように地道にビラ配りをしながら、特別区の問題点を指摘し続けた人たちには、私にデモクラシーという言葉を口に出させたあの感覚はよりはっきりと感じられるものだったと思う。

テレビで何度も何度も民主主義って言葉を聞いてきた。たとえば、市長はこんなことを言っていた。「有権者は政治家を選んで、選ばれた政治家が決断をする。そして政治家の活動は次の選挙で審判を受ける。有権者は次の選挙で政治家を落とすことができる。これが民主主義なんです」。その政治家は、住民投票を「究極の民主主義」とも述べていたらしい。

けれども、それらが本当に民主主義なのだろうか。選挙があるまで、市民はただ待つしかできないのだろうか。一部の住民を投票から排除した住民投票が民主的だと言えるのだろうか。イエスかノーという二つの選択肢から選ぶことが民主主義なのだろうか。そもそも判断しなければならない議題は、私たちの関心ごとだったのだろうか。市民がお互いに議論する場所を潰し、膨大な宣伝費用で市民に宣伝をすることが民主主義なのだろうか。

大阪の政治についてだけ違和感があったわけではない。バラバラなようでどこかまとまりのある一連のこの違和感には、反ファシズム、反レイシズム、ANTIFAといった様々な表現が与えられている。これらはどれも不正な力の否定ないし拒絶の表現だ。これに対して、民主主義という言葉はポジティブな言葉だ。いまや私たちの拒絶は積極的な意味を帯び始めている。実際に、民主主義という言葉は様々な拒絶に形を与える言葉になりつつある。

多くの人が、民主主義という言葉を使い始めている。いつも会う人、たまに会う人、彼/彼女が発する民主主義という言葉は、もはや単なる言葉ではない。民主主義を語るときに発する「私たち」という言葉に実感がわかなければ、そこに民主主義はない。抽象的な民主主義という言葉はもういらない。民主主義という言葉をからっぽにさせないために、私たちは、横にいるあなたの力、違和感を大切にしているあなたの力を、今ここで必要としているのだ。

民主主義が特定の時間と空間の中で固有性を帯びる瞬間、きっとそれは今ここにある。それを逃せば私たちの違和感は絶望へと変わってしまうだろう。私たちのこの民主主義が拡がれば、私たちの抱えている違和感を解消することができるだろう。そして「この民主主義」は、「あの時代の民主主義」となり、不正に違和感を感じる人々にとって希望の種となるだろう。

沖縄、東京、大阪、次に始まるのはどこだ。

2014年7月20日日曜日

「OSAKA AGAINIST RACISM 仲良くしようぜパレード2014 」によせて



2014.7.20 (sun)「OSAKA AGAINIST RACISM 仲良くしようぜパレード2014 」

https://nakapare2014.wordpress.com/

ヘイトスピーチは暴力だ。
ヘイトスピーチは差別を煽動する。
ヘイトスピーチはまちの常識をゆるがす。

私たちは差別はいらないと訴えながら歩く。
私たちは一緒に歩く人々を歓迎する。
尊厳を守るために何かを始めることを私たちは求める。

ときに憎悪は表現となり、その表現がストリートに響き渡る。
やがてそれは積み重なり、いつかまちの記憶になる。
「差別はあかん」、誰もが思う常識だ。
しかし、その常識はゆらいでいるのかもしれない。

差別主義者が歩いてきたストリートを私たちは歩く。
一緒に歩き、「差別はあかん」という常識を呼び起こす。
私たちの歩みは記憶に残り、また記録される。
それらはまちの歴史になり、いつか常識として参照される。

様々な背景をもった人々。
互いを知らぬ複数の個人が一つの理念のもとに歩く。
多様性が形をとり始め、そしてパレードになる。
「差別はあかん」という常識をパレードが刻む。

一人でパレードはできない。
一緒に歩こう。
一緒にパレードを始めよう。
私たちの時代の常識と次世代の尊厳のために。


Hate speech is violence.
Hate speech incites discrimination.
Hate speech shakes the common sense of the city.

We walk, saying we don't need discrimination.
We welcome the people who walk together.
We ask that you start something in order to protect the dignity.

Hatred takes a expression and the expressions echos the street.
When accumulated, it will be sometime in the memory of the city.
Equality. It's common sense that everyone think.
However, the common sense might be being shaken.

We walk the streets where racists walked.
We walk together, evoking a common sense of equality.
And our walk will be memorized, and recorded.
They make the history of our town.
Someday, our parade will be referred to as the standard of conscience.

People with various backgrounds.
Multiple individuals, who are unknown to each other, walk under an ideal.
Diversity begins to take a shape and becomes a parade.
Parade inscribes the common sense, equality in the city.

We cannot make a parade alone.
Let's walk together.
Let's make a parade.
For dignity and common sense of the our and next generation.

2013年2月4日月曜日

原発をめぐる政治②――3.11から自民党の成立までの年表

2013年2月4日 16:27

第1期 危機の発生と菅政権権  ――――――――――――――――――――――


1. 東電事故をめぐって―――――――――――――――――――――――――
2011/03/11 14:46 東日本大震災発生 15:27 福島第一原発に津波第二波。全交流電源喪失 16:36 原発事故鑑定対策室設置 19:03 原子力緊急事態宣言、原子力災害対策本部設置

*菅退任後の動き
2011/12/17 野田の収束宣言

2. 東電処理と実質国営化―――――――――――――――――――――――――
2011/04/05  東京電力の株価が1951年12月11日に付けた上場来安値393円を約59年ぶりに下回る。
2011/04/11 記者会見での米倉の発言:「東電の技術力の高さ、モラルの高さは世界最高である」。「今回の東日本大震災は関東大震災の30倍の規模」と発言し、東電の賠償の免責を主張。
2011/04/25  給与の減額を発表
2011/05/20 2011年3月期の決算概要を発表。特別損失として、約1兆 7000億円を計上し、当期純損益は約1兆2,000億円の最終赤字
2011/09/12 原子力損害賠償機構設立
2011/11/04 東電と原賠機構の緊急特別事業計画を枝阿野経産相が認定、東電は公的管理下に入る。
2011/12/?? 東電値上げ案を公表。
2012/07/31 原賠機構、東電への1兆円の出資官僚。議決権の50.111%で実質国有化
2012/12/07 追加支援要請
2012/02/?? 東電、さらなる追加支援を要請

3. 浜岡原発の停止と九電やらせ問題――――――――――――――――
2011/03/30 経産省原子力安全・保安院、原発の緊急安全対策を発表。http://www.47news.jp/47topics/tsukuru/article/post_29.html
2011/04/28 「4月28日からの1週間、菅直人総理大臣、枝野幸雄官房長官、海江田経産大臣の3人は全機停止に向けてひそかに連携していたのだ。それを事務方の松永次官が斡旋した」[仙石、123]。←財務省松岡次官は、浜岡以外の再稼働を狙っていたとされる。
2011/05/06 菅直人が緊急記者会見を開催し、中部電力浜岡原子力発電所に対して、4・5号機の停止を要請
2011/05/10 記者会見で従来のエネルギー基本計画を白紙に戻すと宣言。
2011/05/26・27 第37回主要国首脳会議で、「2020年代のできるだけ早い時期に、少なくとも20%を超えるレベルまで」拡大していくと表明
2012/05 菅おろし?
2011/05/30 菅不信任案が提出
2011/06/07 内閣府にエネルギー・環境会議の設置を決定
2011/06/18 海江田経産大臣が再稼働へ向けて原発の安全を宣言
2011/06/21 玄海原発の再稼働をめぐって経産省が県民向けに説明会の際に知事がやらせ工作。古川知事が九電副社長ら3名が古川知事に「発電再開容認の意見が増えることを期待する」と発言
2011/06/26 玄海原発の再稼働をめぐって経産省が県民向けに説明会実施
2011/07/01 政府が大口需要家に対して電力使用制限令を発動。ピーク電力の15%削減
2011/07/06 菅首相、衆院予算委員会で「ストレステストが必要」と発言。その結果、玄海原発再稼働は白紙
2011/07/06 九電やらせ発覚
2011/07/13 政府がストレステストを2段階で行うと発表
2011/07/13 関直人、会見において「原発に依存しない社会を目指すべき」と表明
2011/08/26 再生可能エネルギー特措法成立
同日    両院議員総会で、菅直人代表の辞任を承認
2011/11 /27 民主党”原発事故収束対策プロジェクトチームの荒井聡座長、川内博史事務局長は27日午後、内閣府を訪れ、細野豪志原発事故の収束 及び再発防止担当大臣・環境大臣 に対して、同PTが取りまとめた「原子力規制新組織のあり方について」を申し入れ” 規制庁の原案となる。

*その他のニュース
原発交付金:6町で人件費の3割以上依存 楢葉町は9割超 http://blogs.yahoo.co.jp/tw_p_onbira/39076171.html


第2期 野田政権―――――――――――――――――――――――――――――

1. 大飯原発の再稼働
2011/08/30 野田佳彦代表が内閣総理大臣に指名
2011/08/31 両院議員総会で、輿石東幹事長(参議院会長)ほか新役員を承認
2011/09/02 野田内閣発足
2011/10/?? 民主党がエネルギープロジェクトチーム(PT)を立ち上げ
2011/10/07 政府は臨時閣議で復興事業を盛り込んだ第三次補正予算案を閣議決定。補正予算の総額は12兆円程度で、うち震災関係経費は9兆1,000億円。
2011/10/14 民主党エネルギープロジェクトチーム初会合
2011/10/28 関電が大飯原発3号機のストレステスト一次評価を保安院に提出
同日    国家戦略会議がエネルギー・環境会議の開催を決定。
2011/10/31 ズン ベトナム首相と官邸で会談し、2010年に合意した日本が輸出するニントゥアン第二原子力発電所について計画通り実施することを再確認。3.11後、菅首相(当時)による原発輸出見直し発言もあったが、これにより従来通り原発輸出推進へ
 2012/12/?? 記事:『赤旗』 財界の巻き返しについて http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2012-01-05/2012010508_01_1.html
2012/01/06 細野原発担当相が40年で原則廃炉の方針を表明
2012/01/07 仙石が、徳島市内の講演で発言:「原発再稼働が必要」
2012/01/18 保安院がストレステストの結果、大飯原発3、4号機の安全性妥当と判断
2012/02/27大阪府市統合本部エネルギー戦略会議第一回開催
2012/03 菅直人が自然エネルギー研究会と脱原発・ロードマップを考える会を立ち上げ
2012/03/27 超党派原発ゼロの会が結成
2012/04/02 枝野発言:「現時点で大飯再稼働には反対」
2012/04/03 野田首相、藤村官房長官、枝野経産相、細野原発担当相の4大臣による再稼働閣僚会議、初会合。
2012/04/?? 経産省が30項目からなる安全基準を発表。
2012/04/13 大飯原発の再稼働妥当判断が下される[仙石、161]
2012/04/13 橋下発言:「原子力安全委員会が安全性に関するコメントを出すというプロセスがない限り再稼働を絶対に許してはならない。民主党政権を倒すしかない」
2012/04/16 仙石が講演で発言:「原発前提しなら集団自殺」
2012/04.24 橋下大阪市長らが藤村官房長官に原発8提案申し入れ
2012/04/24  「新大綱策定会議」のために、経済産業省・資源エネルギー庁、電気事業者ら推進側だけを集め「勉強会」と称する秘密会議。報告書の結論部分を変えて、小委員会に提出
2012/05/05 北海道電力泊原発3号機停止で国内の原発稼働ゼロ
2012/05/10 国の見通しで関電管内の今夏電力不足15,7%、大飯原発再稼働で不足は解消
2012/05/14 おおい町議会が大飯原発再稼働に同意、時岡町長に報告
2012/05/17 記者会見での前原発言:「関西電力大飯原発3、4号機(福井県)再稼働問題に関し「再稼働すれば危険だという話が当たり前のように流布されているが、違和感がある。(原発が停止しても)使用済み燃料は存在している」
2012/05/19 細野原発担当相が関西広域連合と会談
2012/05/25 細野の私的諮問会議である核不拡散研究会が中間発表、「核燃料サイクルの検証と改革 ~原発事故の教訓とグローバルな視点の導入~」 を提出。六ヶ所村にアジアの核廃棄物の再処理を提言。
2012/05/27 電力会社4社、再稼働なければ、計画停電を実施すると表明。← 調査では、中小企業の半数が困難(ツイログ参照)
2012/05/29  東京電力労働組合の新井行夫・中央執行委員長は29日、愛知県犬山市であった中部電力労働組合の大会に来賓として出席し、「裏切った民主党議員には、報いをこうむってもらう」(デジタル5月30日『朝日新聞』)
2012/05/30 関西広域連合が容認
2012/06/01 橋下市長が再稼働を容認
2012/06/04 細野原発担当相が西川福井知事と会談、安全策を説明。仙石が県連議員に説明。野田第2次改造内閣発足
2012/06/05 民主党小沢や江田ら117人が大飯原発再稼働の再考を求める主張宛署名を提出
2012/06/05『民主党の原発事故収束対策プロジェクトチーム(PT)は31日、関西電力大飯原発3,4号機(福井県おおい町)の再稼働に「なお慎 重な判断」を求め、党所属の全国会議員に、署名を呼びかける文書を配布。http://www.dpj-genpatsu-pt.com/m1.html
2012/06/08 野田首相会見:「大飯原発再稼働必要」
2012/06/16 4大臣協議で野田首相が大飯原発再稼働を決定
2012/06/19 日本原燃六ケ所村 再処理工場試運転再開
2012/06/22 官邸前抗議4万5千人。各社報道。報道ステーションなどが取り上げる。
2012/06/26 6月26日の衆議院本会議での社会保障・税一体改革関連法案の採決では、民主党内から反対、棄権、欠席した議員が73名に達し、閣僚経験者ら大物議員を含め造反者が続出
同日    電力各社、株式総会
2012/06/29 官邸前抗議20万人
2012/06/30                        大飯原発ゲート封鎖
2012/07/01 大飯原発3号機、軌道、原発稼働ゼロは57日で解消
2012/07/02 小沢氏ら52人が民主党離党届を提出 社会保障・税一体改革関連法案に批判的な小沢一郎らが離党し「国民の生活が第一」を結成。
2012/07/17 谷岡郁子らが民主党を離党。新会派みどりの風を旗揚げ

1. 国民的議論とエネルギー環境戦略の策定―――――――――――――――――――――――――――
2012/07/27 日本経済団体連合会『「エネルギー・環境に関する選択肢」に関する意見』を提出。
2012/08/08 経済同友会 反対 http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS08027_Y2A800C1PP8000/
2012/08?? 原発ゼロの悪影響、民主議員に根回し 電気事業連合会 http://www.asahi.com/national/update/0904/TKY201209040232.html?tr=pc
2012/08/12 パブコメ締め切り
2012/08/?? 討論型世論調査実施
2012/08/13?   関経連が試算発表 ゼロは家計に響く。 :  https://twitter.com/pan7711/status/234685547925364738
2012/08/29 関電が電気は足りてたことを認める。http://www1.kepco.co.jp/notice/20120829-2.html
2012/09/14 民主党エネルギー・環境会議が「2030年代に再稼働ゼロを可能とする」という文言とともに核心的エネルギー・環境戦略をまとめる。
2012/09/?? アメリカから批判を受ける。
2012/09/19 閣議で参考資料として位置付けられる
同日    エネルギー・環境戦略:着工3原発、建設容認 青森2基と島根、経産相が初判断
http://mainichi.jp/feature/news/20120915dde001010046000c.html
同日    原子力規制委員会が発足
2012/09/21  細野大臣発言:「『脱原発』ということではあるが、原子力の技術をどう残すかについて知恵がない限り、簡単に言えることではない」と述べた。古川:「原発ゼロを目指したい」。http://sekolife.blog45.fc2.com/blog-entry-3457.html
例外規定で委員任命。
2012/09/26 原子力規制委員会が『赤旗』の記者の記者会見参加を拒否していることが明らかになる。
2012/10/01 野田第三次改造内閣発足
2012/10/03 経団連会長が自民と会談 http://www.sankeibiz.jp/business/news/121003/bsg1210030849004-n1.htm
2012/10/15 前原国家戦略相発言: 使用済み核燃料を再利用する核燃料サイクルについて、「このまま継続する。青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場の果たすべき役割は極めて大きい」と述べ、事業継続の必要性を強調
2012/10/27 日立、英の原発会社買収 http://www.asahi.com/business/update/1027/TKY201210260745.html?tr=pc
2012/10/16 大間原発建設凍結を函館市長ら政府に要請 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-10-16/2012101601_06_1.html

*重要ニュース
復興予算がベトナム調査に http://www.asahi.com/national/update/1022/OSK201210210164.html?tr=pc
復興予算 もんじゅ運営独法 核融合研究、42億円流用 http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2012091602100006.html
原発9社に社員兼議員99人 91人は電気料金から給与 http://www.asahi.com/politics/update/1125/OSK201211240192.html?tr=pc

第3期 自民党政権の復活 電力改革を中心に―――――――――――――――――――――――――――
2012/02/15 総合エネルギー政策特命委員、中間報告発表。← 自民党は再稼働問題で沈黙か?火種になるから批判できない。
2012/05/29 自民党総合エネルギー戦略特命委員会のとりまとめが了承 http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-112.pdf
2012/09/26 総裁選で安倍晋三が選出
2012/11/16 衆院解散
選挙選では原発が必要だと答えるものの、積極的に論ぜず。
2012/12/16 衆院選
2012/12/?? 首相補佐官人事決定。今井と柳瀬。柳瀬氏は、原発を日本の主力エネルギーとして位置付けた平成18年の「原子力立国計画」をまとめた事務局で働いていた経歴の持ち主。http://www.nikkei.com/article/DGXNZO50058590X21C12A2EB1000/
2012/12/27 石原環境相は就任翌日の27日、福島県を訪れ、「(原発稼働ゼロは)現実的ではない」と批判し、茂木経済産業相も就任直後の記者会見で「再検討が必要だ」と発言 http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20121228-OYT1T00194.htm
2013/01/08 原発再稼働、方針明確に 福井県知事、経産相に要望http://www.47news.jp/feature/kyodo/news05/2013/01/post-7177.html
2013/01/17 原発輸出推進で合意 安倍首相 ベトナム首相と会談http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2013011702000105.html
2013/01/30 代表質問にて、首相「2030年代原発ゼロ」の全面見直し表明
2013/02/06 美浜原発:「早期再稼働を」 原子力懇談会、関電幹部ら参加 町側から要望の声、後継機もhttp://mainichi.jp/area/fukui/news/20130206ddlk18040462000c.html


参考文献
仙石由人 『エネルギー・原子力大転換――電力会社、官僚、反原発派との交渉秘録』、講談社、2013年。
安西巧 『さらば国策産業――〈電力改革〉450日の瞑想と失われた60年、日本経済新聞社、2012年。
野間易道 『金曜官邸前抗議――デモの声が政治を変える』、河出書房新社、2012年。
伊藤守 『ドキュメント テレビは原発事故をどう伝えたのか』、平凡社新書、2012年。
新聞各社